たことだろう。クリプトンファクター自身は主にドバイで走り、バーレーンで出走したことはなかったが、それでもバーレーンの名を競馬の世界で浸透させるのには十分であった。続いて、大きなニュースとなったのが、バーレーンインターナショナルTの設立だ。2019年初頭にその開催がアナウンスされ、その年の11月に第1回が開催された。その年のフランスのマイルG1ジャンプラ賞を勝ったインテロジャントらが出走したことからも、初回から高い注目を集めていたことがわかる。そして翌年、第1回のサウジカップ開催でのモハメドユスフナギモーターズカップ(2回目以降ネオムターフカップ)で、バーレーン調教馬のポートライオンズがディアドラを差し切った。しかも大出遅れからの一撃は、日本のファンにも大きなインパクトを与えたに違いない。そして今年、アイリッシュチャンピオンSをBEHCがスポンサード。さらに、このレースでオーギュストロダンを完封したのが、BEHCのチェアマンを務めるイサ・アルカリファ殿下の所有する3歳馬、エコノミクスだった。濃紺の勝負服が躍動する機会は、これからも増えそうだ。バーレーンインターナショナルTに目を向けると、第2回以降も確実に存在感を増していった。その第2回に、日本調教馬で初めての出走となったのがディアドラだった。当時は日本とバーレーンの間に検疫プロトコルは締結されていなかったが、ディアドラは英国を拠点とした長期遠征中でこれの適用外だったことで、出走することができた。そしてこの年、シムシールが2回目にして地元調教馬による初制覇を果たす。翌21年には国際G3昇格を果たす。メンバーもさらに強力になり、種牡馬から現役復帰したバーニーロイや、その年のドバイWC3着のマニークールらが出走。制したのは、その年にドバイのG1ジェベルハッタを制したロードグリッターズだった。そして2023年から、バーレーンインターナショナルTは国際G2に昇格。また2024年には、3月に行われているキングズカップ(芝2400m)も国際G3に昇格するほか、国際リステッド昇格も含めると、合計6つのレースが国際格付けを得ることとなった。前述のように、これまではバーレーンと日本の間では検疫プロトコルがなかったため、日本から遠征しても、帰国のために第3国で3カ月の隔離が課せられる状態であった。しかし、この春から夏にかけて、両国で調整が行われ、無事に締結に至ることができた。8月末の段階では〝確定ではない〟という注意付であるものの、日本でもこのレースの案内が発表されることとなった。登録料は無料、そして輸送・滞在費用は主催者持ちの完全招待だ。「トレセンの壁に掲示があって、『キラーアビリティに条件はピッタリだ13
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