〝あの時はすごかったね〟と言われる場に居合わせるという幸運は、自ら考えた行動によるものではなく、意外にも突然きた話を直感で即決したような、その時点では記憶にも残らないような形から、ゆっくりと近づいてくるようなことが多い。この夏の話も、そんな感じでやってきた。 「空いてます?」「いいよ」。遠征と聞いていたけど、アメリカンオークスってどんなレースだろう。ハリウッドパークは初めてだな。そんな会話と考え程度で旅立った。今は無きハリウッドパーク競馬場は、何度か訪れているサンタアニタと違って、空港から程近い。向正面にある厩舎へ調教撮影に行くと、鈴木助手と一緒に涼しい顔をしたシーザリオが引き運動をしていた。第一印象は、〝走る馬はスイッチのオンオフがうまいな〟と。彼とは西内装蹄師を介して知り合いになり、理由は分からないが馬る。実際に何度も会って、馬の思考やと、なかなか素顔を見せてくれないれることができたような気がする。り、取材陣は当時としてもそう多くはなかった。大概は知っている顔で新聞、TVクルーと出演者、フリーのカメラのこと。 「素晴らしい行程と結果は、いつもる。た。スイッチが入りすぎとも思わせるめる。が合ったようでエピファネイアやリオンディーズの担当となった時も、しばしば会話をしに会いに行くようにな表情を観察しながら、行動を理解していく当方にとって、その機会の少なさシーザリオという馬は謎に包まれた存在だった。その名や気配から〝男装の麗人〟と称されることも多いが、後に話すこととなる産駒からは、彼女が持っていたベルベットな部分に少し触話を西海岸に戻そう。新設ではないが歴史が浅い芝レースということもあマンとライター&編集者、そして現地の方々。その中にいたあまり見かけない一人に話を伺うと、海外は初めてと新しい人とともに良い風にのってやってくるんですよ」と伝えると、はにかみながらも今回そう行動した理由を聞かせてくれた。結果は周知の通り。その方はそれ以来、海外を飛び回っていそして、当日へ。青しかない空の下、落ち着いた雰囲気で下見所に現れたシーザリオは脇にある装鞍所で関係者に囲まれながら身支度を済ませたが、再び周回するときには別馬となってい激しい闘争心を見せ、一通りの型を済ませると早々に他馬の元へ向かうと決欧米の競馬は基本的に、入場から発走までがあっという間に流れていく感じがする。コースの芝はゴルフ場のフェアウェイの様。しかも茎が密生して、下まで入っていかない不思議な感触だった。スタートもかなり特殊。これはダート中心なだけあって仕方ない。一周目、直線に向いたところで少しテンションが上がりかけたが、事無きを得る。大丈夫と自分にも言い聞かせた。騎手の次に近くにいるのが、私たち。緊張感を持って注視していたが、道中は何故か意外なほど落ち着いていた。しかし、向正面から3角で展開は動く。スピードに優るシーザリオが待ちきれないとばかりに、先頭へ迫る。祐一騎手もタイミングを計っているようだ。冷静でいたつもりが、知らないうちに声になっていた。 「もう行っていい。もう前へ出よう。誰もついては来ない」。次の瞬間、人馬は歩を進め一気に加速する。慎重で橋を叩いても渡らない性格の自分が、直線を向く頃にはどんな形の写真にしようかなどと考えている程だった。見返すと、まともに撮影していた様子だが、意識はふわふわとしたメローで温かい紗の中にいたようで、ゴール後のことを未だよく思い出せないでいる。ただ、この感じを味わいたくて遠い場所まで来るのだから、これはこれでいい。ずっとその様な顔をしていたのであろうか。一通りを終え、プレスに戻る為の小さなエレベーターが開くと、ごった返す人波の中から「最初に乗るのはあなたよ」と指名された。いつも優しく迎えてくれるそのマダムに、この国の〝闘ってきた者達への尊敬と祝福〟を垣間見た気がする。April 2024 vol.26722Columnist profile 山本 輝一 Kiichi Yamamoto神奈川県出身。出版スタジオに勤務後、フリーカメラマンへ転身。様々なジャンルを取扱うが中でも一瞬の判断が要求されるものを得意とする。雑誌・書籍・販売物・オンライン・TV・ラジオ等で寄稿出演。歩いて探す事を信条とし地味だがコツコツと努力し続ける人馬のドラマを伝えたいと思い、取材・撮影活動を行っている。エレベーター内のマダム ~Forever CESARIO~vol.7勇者へのリスペクト
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