ECLIPSE_202308_10-12
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ダービー制覇に大きく貢献した、2週間の短期放牧。これを一部メディアでは〝堀厩舎がNFしがらきではなく、NF天栄を利用するのは異例〟と報じた。これに川北は「自分はノーザンファームの一員として、NF天栄に行っただけ。場所は関係ないし、そこに特別な意味はないと思っています。(担当する)馬が行くのなら、スタッフが行くのはおかしなことではありません」と胸を張るが、普段使わない場所での調整は、決して簡単ではなかっただろう。「もちろんNF天栄は素晴らしい所です。獣医師や装蹄師さんに大事にしてもらいましたし、厩舎スタッフにも気を遣ってもらいました。あらゆる人に協力してもらったと思いますよ。ですが、最も素晴らしかったのはタスティエーラ自身です。入厩4日前に前躯と後躯がつながるようになったからこそ、大一番であれだけのパフォーマンスを出せるようになったのですから」と、直前で開花した馬のポテンシャルをたたえた。とはいえ、この勝利はノーザンファームスタッフと堀厩舎による、チームプレーのたまものに他ならない。父子2代で調整を手がけた小出厩舎長、短い期間ながらも慣れない場所でコンディションを整えた川北、そして本番に向けて100%に仕上げた堀調教師と厩舎のスタッフ。NFしがらきではなく、NF天栄で調整するとい最終的にNF天栄の坂路には、一度も入れなかった。牧場で行っていたのは、周回コースで軽めのキャンターのみ。それでも、この入厩直前という絶妙なタイミングで、父から受け継いだスイッチがオンに入ったのかもしれない。 「この時に〝ダービーを勝つ〟と思いました。自分はいつもオーバー気味に言う方ですが、本当にそう感じたのです。今まで、後躯と前躯がつながっていない状態であれだけ走っていたのだから、それがつながった時は最高の走りをするのだろうな、と。チェックのため訪れた秋田代表も、入厩直前のタスティエーラを見て感動していましたね。『あれだけ気になっていた箇所が良くなり、どこにも悪いところがなくなった』と喜んでいました」5月3日、無事に美浦に送り出し、いよいよ決戦の日が訪れる。NFしがらきに戻り、中間の追い切り映像を確認した川北は、皐月賞前より迫力を増した走りに、思わず笑みを浮かべた。 「以前の状態だったら、ここまでしっかり走れていなかったと思います。ちゃんとダービーに間に合ったと思い、ホッとしましたね」。レースは現地に行かず、自宅で家族とともに観戦した。テレビに映るパドックを見て、かつての記憶がよみがえる。11年前の東京優駿。川北が牧場で調整に携わり、第79代ダービー馬に輝いたディープブリランテの姿と重なった。 「あの時のディープブリランテもパ     ドックで高ぶり過ぎることもなく、ハミに向かって真っすぐ歩けるようになっていました。人と馬との関係性がしっかりと構築されていなければ、あの歩き方はできません。リレーのバトンと一緒ですよ。曳き馬から私が牧場で教えていたことを、トレセンでも守り続けてくれました」と、目を細める。り合いもピタリ。残り200mで先頭に立つと、最後は皐月賞馬ソールオリエンスの追い上げをしのぎ、壮絶なたたき合いを制した。道中は好位の4番手に取り付き、折う判断も含めて、何か1つでも欠けていたら、ダービー制覇はかなわなかったであろう。それぞれが完璧にバトンをつないだ結果が、世代の頂点奪取につながったのだ。レース後は北海道のノーザンファーム早来に戻り、激戦の疲れを癒やしているタスティエーラ。川北はさらなる飛躍に思いをはせている。 「ダービー後はNFしがらきに寄っていないのでまだ会えていないのですが、早く乗りたいですね。前躯と後躯がつながって、本当のパフォーマンスを出せるようになったものの、まだまだ良くなるはずですから。北海道の厩舎長とも、『今後はどんなレースができるのか、楽しみだね』と話しています」世代の頂点へ厩舎と牧場のチームプレーAugust 2023 vol.25912Writer profile 刀根 善郎 Yoshiro Tone1983年埼玉県生まれ。2004年から12年間、競走馬の育成牧場(主に宮城県と滋賀県の某牧場)で調教騎乗スタッフとして勤務。2015年5月、デイリースポーツに入社して競馬記者になる。BS11「BSイレブン競馬中継」では日曜解説者として、たまに出演中。NF早来育成時のタスティエーラ東京優駿制覇の舞台裏~鍵となった2週間~

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