御ご前ぜん水すいゴルフカントリー倶楽部で、和子は東京から訪ねてくれた友人たちと、 「はい、おりますよ、ここに」 「菊地……、俺がもう少し若かったらなぁ、アメリカでもう一度、デカい仕事がやりたかったなぁ」 「菊地、お前には何度も言ったが、俺の親父は日本一偉い男だった」 「その息子は、それ以上だったんじゃないですか」 「俺なんか親父の足もとにも及ばなかった」 「どうしてです」 「親父は、何でもかんでも莫大な借金をこしらえてやった。俺は大きな借金ができなかったし、運の良さだけに救ってもらってばかりいた」 「そんなことはありませんよ」 「つまらねえお世辞は言うな」 「お世辞なんか言うものですか」 「なにぃ?」 「社長、いまのところは熱を下げましょう」 「馬鹿野郎、あっちへ行ってろ」八月八日に、東京から吉田和子が千歳空港に着いた。夫が歩行器につかまればロッジの前庭を歩けるようになったと聞き、十日間くらいなら話し相手になれる、そう思ってやって来たのである。微熱は大したものではないと妻・和子に伝えさせた善哉は、ゴルフ好きな妻のために、次男・勝已に命じてゴルフ場の予約をさせている。近くにあるプレーを愉しんだ。八月十二日夜のロッジのメニューは鋤すき焼やきだった。和子をもてなすために、善哉が山田智子に命じて用意させたものだ。その席には菊地勇次郎も招き入れている。善哉はその夜、珍しくはしゃいでいた。和子も菊地も山田も食がすすみ、生卵が十個近くなくなるほど鋤焼きパーティーは進んだ。善哉は肉には箸をつけず、豆腐とスープを口にして「うん、こりゃあ旨い」と誉めた。 「社長、今夜の私、酔ったみたいですよ」 「今夜は、気分がいいよ、菊地」宴が開いたのは午後九時前で、十時前には菊地が家に引き揚げ、あとの三人はベッドに入る用意をした。食器を洗った山田が二階の部屋へ上がろうとしていたとき、善哉の声がした。「おい、おばさん、下剤をよこせ」「さっき上げたじゃないですか」「いいから、よこせ」二錠を用意したら、善哉は二錠とも飲んだ。「苦しいんですか?」「苦しくない」善哉がトイレに行こうとしたので、山田は補助しようと走った。「来なくていいよ」山田はたぶんお腹が苦しいのだと思い、トイレから戻った善哉の腹部をさすることにした。やがて善哉は、長い音を立てておならをした。山田が笑った。「またおばさんに、おならをかけたな」「また太っちゃうわ」「そんなもんで太らないよ。だがな、このおかげで腹がラクになるんだ。よく屁みたいなものというが、その屁みたいなものが役に立って、いつそれでカネ儲けができるか分からないものなんだ。あのベガというオンナ馬もな、あれだけ恰好が悪かったのに、よくカネ儲けをしたよ」「そうなんですか」「お前、ベガのどこが悪かったか知ってるか?」「分かりません、私には」善哉は言った。「お前が分かりますと言ったら、嘘つきだと俺は思うよ……。ベガは脚のひん曲がった馬なのによく走ったのさ。だが、お前の取り柄はその正直さだMarch 2023 vol.25414
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