ECLIPSE_202503_7-11
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馬の着順判定の参考になる映像を撮るための研究開発を要請されたのだ。「その命を祖父から受けたのが、カメラに興味があった父の山口𠮷久です。1秒間に何コマも撮影できる高速度カメラを用いて自ら中山競馬場で撮影するなど、試行錯誤を繰り返しました」最初に決勝写真業務が正式採用されたのは、中山競馬場。その後、東京、京都、函館、札幌、小倉競馬場、そして地方競馬場などでも写真による着順判定が導入され、山口シネマが決勝写真業務を担うようになった。しかしまだ難点が多く、当時の高速度カメラでは1秒を160コマで撮影しても、決勝線に到達した馬の鼻先までを正確に「2頭、並んでゴールイン!」ゴールまで続いた2頭の熾烈な争い7       が写真判定に持ち込まれる。ほどなくして結果が発表されると、ワア!と歓声が沸く。競馬ファンにとっては一喜一憂する、お馴染みの瞬間だ。この判定に必要な写真撮影を約70年以上前から手掛けているのが今年、創立100周年を迎える株式会社山口シネマだ。キャロットクラブ会員の皆様の中には、勝ち馬の写真パネルや愛馬優勝DVDを制作する会社という印象を持つ方も多いだろう。日本初のスリットカメラを制作山口シネマは1925年創立。山口良成社長はその経緯をこう語る。「私の祖父である山口良吉は上京後、日活に入社しカメラマンとして映画撮影の技術を習得。その後、1925年に山口シネマ公司を設立しました。当時は主に官公庁や政府機関から委託された注文映画を制作していました。1927年に農林省の委託を受け、畜産奨励宣伝映画の制作を開始。昭和初期の日本は馬が貴重な動力として軍事や農業に活用されていたので、馬について認識を高める映画の需要が高かったのです」昔の資料に山口シネマが1932年、第1回東京優駿大競走(日本ダービー)の記録映画を制作した記述があった。これらの業績が農林省に認められたことが、競馬運営業務に関わる下地になっていく。戦後再開された競取材に応じてくださった山口良成社長(2025年1月 山口シネマ西小岩事務所にて)走路妨害や違反行為がないかを監視するレースビデオパトロールをサポートText: 小島 友実競馬や公営競技運営を陰で支える山口シネマ─創立100年を迎える、映像のプロフェッショナル集団─

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