ピンと張りつめた糸が弾け切れるように、突然潰えた夢。しかし、そこから始まる物語もある。復活の足掛かりを掴んだと思った有馬記念から、約1ヵ月半。もう1度、強いエフフォーリアをアピールするために、と挑んだ京都記念は心房細動の発症、そして、現役生活からの別れという最悪のものとなってしまったが、そんな感傷に浸る間もなくエフフォーリアには次の仕事が待っている。しかし、引退が発表された2月14日、社台スタリオンステーションはすでに2023年の種牡馬展示会を終了させ、早くも繁忙期並みに多くの繁殖牝馬で賑わいを見せていた。スタリオンスタッフとして5シーズン目を迎えていた前田祐希さんも多忙な日々に追われていたところ、エフフォーリアの管理担当者として声がかかった。最初、そのことを告げられた時、自分の耳を疑ったそうだ。ここで、誤解がないように最初に記しておくが、近年の社台スタリオンステーションは1頭に対して担当者1人が付く完全担当制ではなく、分業制へとシフトしている。種付けシーズンといえども、担当スタッフが安心して心身を休め、仕事に打ち込めるように厩舎単位で、すべての馬をすべての人間が扱うことを基本としているようだ。その中で、最も多くの時間をその種牡馬と過ごすスタッフを、管理担当者というらしい。長崎県出身の31歳。 「引退報道は聞いていましたが、まさか自分が担当になるとは考えもしなかったです」と、驚きと戸惑いの表情を隠せなかった。競馬とは無縁の家庭に生まれ育ったが、中学生の時に出会ったディープインパクトが、前田さんの人生を変えた。特に衝撃を受けたのが「テレビの画面を食い入るように見ていた」という、凱旋門賞への挑戦だった。学校を卒業後、1度は一般企業に就職したものの「1度しかない人生だから、自分が好きなこと、本当にやりたいことをやりたくて」と、飛び込んだ競馬の世界。それまで乗馬経験どころか、馬という動物に触ったことすらなかったが、たまたま見つけた社台スタリオンステーションの求人募集の広告に、背中を押された。当然のように、目にすること、耳にすること、すべてが初めての連続だったが、周囲のサポートにも助けられ、何とかここまでやってこられた。そんな前田さんがスタッフとして働く厩舎には、父にあたるエピファネイアがいることから、エフフォーリアのことは現役時代から意識して見ていたそうだ。2歳夏、札幌競馬場での新馬戦では仕上がりの早さをアピールし、百日草特別ではスローペースからの瞬発力勝負にも強いことを証明した。共同通信杯では直後にスプリングSを勝つヴィクティファルス、そしてダービー馬シャフリヤールらを完封し、クラシック第一弾の皐月賞では初の中山コースもまったく意に介さず、タイトルホルMay 2023 vol.25616 Text: 山田 康文エフフォーリア 種牡馬としてのこれから
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